Something new begins from Z again.

BMW Z4

The 4th generation From-Z is here,
now with BMW Z4 23i
May Zcar last forever!

SHIFT_Z4

2004/03/26

It's a SONY!


実はこれ、生まれて初めて買った2DINであったりする。普段はラジオすら聞かない私にとって、高性能のデッキは必要ない。かといってオーディオに興味が無い訳ではなく、LP時代には、山水の黒いアンプにDENONのプレーヤーで“ジュヴァル”を鳴らしていた。車内ではエンジン音に限る、BOSEの良さは部屋で聞くからこそ生きると信じているが、もはや旧人類。

さて本題である。見た目は派手なこのデッキ、しかし車好きにはたまらない。まるで後付けのメーターのように、そして感動モノのイルミネーションはあらゆるメーターカラーに合わせる事が出来てしまう。
SONYには今でも遊び心が溢れている。井深氏、盛田氏の純粋な子供のような心が今でも受け継がれ、新たにクオリアと言う挑戦も始まった。インテリアのデザインを損なう事無く、まるでこれが純正であるかのような姿にはほれぼれする。

RGBのセッティングは、元のオレンジよりは少し黄色めに、R-5/G-2/B-0がベストかと思う。
で、音はというと・・・BGMには十分かと。

NISMO R-TUNEという響き


お客様からの問い合わせがあり、自分用も含めて3セットをUS NISMO代理店より輸入。これは取り付けてからびっくりした。

Cold Air Intakeと言う名称の通り、長いサクションパイプが純正フィルターの位置から下へ伸び、さらに前方へ曲がる。新しい紫色をした円錐形のフィルターはバンパー内、丁度左ヘッドライトの下に。

これでエンジンルームにこもる熱気を避け、フレッシュなエアを取り入れる事が出来る。また、本来のエアダクトは邪魔者がなくなり、エンジンルームをクールダウンするのにも役立つはず。 メーカー公表値では5.5PSアップ。

Z-CONCEPTに近づくためなら


センターコンソールとドア下部をシルバーで塗装。ドアは革シボ模様を取る為に、下地にはかなり厚めにサフェーサーを塗ってある。

センターコンソールを明るくすれば、当然フロントウインドウへの写り込みが気になり、コンセプトカーならともかく、量産車種では採用を見送られて当然。

そのNISSANのデザイナーの方々が、量産化する為に妥協した部分を元の姿にもどしてやる。少しだけ我慢すればいいだけの事。チープと言われる内装は、たったこれだけでブラック&シルバーのバランスが取れ、レーシーな高級感に変わる。これも自己満足のなせるわざ。

どうしても塗りたかっただけ


果たして何になるのだろうか・・・出力が上がる訳でもなし、ましてや外からは全く見えない。 恐らく私以外、家族はもちろんのこと、誰も目にする事も無く、点検時に「おっ、きれいに塗ってますね」と声をかけられるのが関の山。でも、やらねばならない、自己満足の為に。自己満足とはなんなのか?いくつになっても答えは出そうにない。
V6 3.5の文字は筆にて仕上げ。どうせ誰の目にも・・・

FROM-Z公表値では気分が3PSアップ。

本当のZになるために


純正のNISSANエンブレム、デザインもなかなかで、大衆が好むTマークや、問題の鉛筆マークより洗練され、誇らしげに輝くNISSANの文字にも自信があふれている。

が、しかし、マーチもサニーもみ~んな一緒、これではたまったものではない。やはりZにはZの為のエンブレムがどうしても欲しかった。
Zの販売は、ご存知のように北米が最大のマーケットであり、販売台数も日本とは桁が違う。もちろんの事、Zフリークの数も比べ物にはならず、必然的に生まれたのがこのエンブレムだろう。
もし、純正エンブレムがDATSUNであったら、生まれなかったのかもしれない。

これでようやくZになった、そんな感じの一品。

決して目立たず、控えめに


よほどの事がない限り、道路情報以外はラジオは聞かない。よほどの事とは阪神優勝の瞬間に車内にいる場合、数十年に一度、あるかないかの確率である。であるから、感度なんて関係無し、カッコ良ければ全て良し。

MR-Sにはオートアンテナなるものが付いていた。これがまたカッコ悪い。ラジオを点けるや否や“今からこの人ラジオ聞きまっせ~”と1km四方に言いふらすが如く、するすると1mほど伸びて、ドライバーに赤っ恥をかかせるしろもの。 そこまで伸びて目立たんでもええやろ?オートアンテナなんて消え失せろ!と心からそう思う。

さて、Zの純正アンテナ、これも40cmはあろうかという代物で、垂直に伸びたオートアンテナよりはましとはいえ、写真を撮ると目立ち過ぎ。今の時代、Aピラーに内蔵するぐらい安く出来るでしょうにねぇ。

やはりMOMO、しっくり手になじむ


シルバー&ブラックの内装に合わせて選んだステアリング。納車前から“MOMO”の中から”選んだ一品。
太さといい、シボといい、国産に比べ縫い目が少し粗いのが気にならない程に手になじむ。純正のスベスベ感とは違い、少し荒めの手触りには好き嫌いもあるかもしれないが、握った感触も、手にまとわりつくよう。ステア時にも全くすべらず、思い通りについて来る。

ボスは従来通りの蛇腹式だが、これもまた往年のスポーツカーを懐かしむ輩には問題ない。エアバッグを廃した事で、当然安全性は損なわれるが、Zが本来のスポーツカーに一歩近づいた、そう思えて仕方ない。

2004/03/25

隙間から眺めるだけで・・・


後付けなら3~40万か。これは価値ある買い物だった。
最初の数十キロはキーキーとうるさかったが、今では落ち着きをみせるようになった。
Zを車庫に止め、降りてから、必ずちらっと見てしまう。
良く効くらしいが、フルブレーキングは試していないのでわからなかったりする。今のところは“見てなんぼ”のもん。

是非ドリルドローターが欲しい。実はすでに見つけてたりして・・・

2004/03/24

Z-conceptの極み


納車を待つ、短いようで結構長い“人生で一番楽しい時間”。その間にどうしてもやりたかった事が一つ、それがリフレクターのLED加工であった。地元の金属加工会社へ出向き、デザインを伝えた。1個数万円出せば実現する事がわかった。
Z-conceptと市販タイプの外観上の決定的な違い、それがここ、フロント左右のリフレクターだった。自分のZだけは、どうしても最初から“ここだけはあるべき姿”で来て欲しかった。

世界は広い、同じように考える人間もいるもんだ。USのユーザーサイトのリンク先から偶然発見。
納車に間に合わせて、ディーラーで装着。
今後、エアロを装着する事があろうと、これだけは絶対にはずせない。

2004/03/23

Z4-Style


BMW Z4、顔はさておきエンブレムの周囲が光るサイドマーカーは秀逸。
LEDフロントリフレクターがきっかけでつき合い始めたEVO-R。そこから新製品の案内が届いた。彼とはどうやら好みが合うようで、間髪入れずにオーダーした。これも納車前の出来事。

さて、純正マーカーの跡に残る穴をどうするか、またゆっくりと考えよう。

2004/03/22

シートの為に


ベージュのマットを探しまわった。あるにはあったが、変な模様が入ってたり、じゅうたんみたいな変なやつばかり。KAROもいいが、サイザル麻ではかかとが傷む。かといってVIPなじゅうたんは許せない。結局MR-Sと同じタピヴォランに落ち着いた。最近はこんな色のマット、しかもスポーツカー用は全く売れないようで、在庫なんかしていない。メーカーのRAYSに問い合わせ、オートバックスで取り寄せ。

RAYS様、こんな物好きもおりますので、受注生産になっても続けて下さいませ。

2004/03/21

フジツボといえば・・・


性能は確かにいいが、名前はどうも好きにはなれない。あの海岸の、ブツブツと岩にはり付いたフジツボを連想させる。もちろん付属のステッカーは貼るつもりはない。そんな^^フジツボ^^であるが、音には80%満足している。アイドリング時は見た目に反しそこそこ静かで、回転とともに重厚なサウンドを聞かせてくれる。
高回転はまだ味わってないが、そこそこいい音を出してくれそうな感じではある。

しかし・・・、チタンを一度味わったからには、これではやはり100%の満足は得られない。amuseの高回転での乾いた音。アクセルを戻した時の少し不規則な爆発音。いつかamuseフルチタンに“こっそり替えてやる”と一人心に誓った。

2004/03/20

いきなり負けた・・・


前回のZ32は、発売直後という事もあり、値引きはというとおなさけ程度の3万だけ。で、今回はというと、あまり変わらず一応倍の6万。こんなもんかぁ・・・?
MA○DAあたりのファミリーカーなら一声10万、粘って20万、強気に出て月末登録で30万となるところ。事実、プレマシーは交渉たったの2時間で40万弱の値引きであった。

しかし、今回は相手が“日産様”。こちらが“Z様しか眼中に無い!”という態度が見え見えなので強気には出れず、当然こちらが頭を下げた、“せめて納車を早めにお願いします”と。値引きプラス、エレメントサービス、シートその他諸々の部品を無料で取り付けてもらう事で納得した。まぁこんなもんか。
こと自分の車に関しては、関西商人の面目まるつぶれである。“復活させてくれたMr.ゴーンに免じて許してやろう・・・”

しかし、このボディー、ルーフライン、溜め息もんですな。“ゴーンはん、ようやってくれたなぁ、ありがとう。ほんま、よう帰って来てくれた・・・”

2004/03/14

バラ色の未来を描いて。


10年後、はたしてどんな未来が待ち受けているのでしょう。少なくとも私は期待しています。今度は世界に向けてGT-Rが復活し、叶うならシルビアももう一度と。
子供たちも含め、みんながスポーツカーに憧れ、毎日必ずZとすれ違いクラクションを鳴らす。そんな未来が来てくれる。

その未来の為に今、私たち大人がやるべき事がある。
そう、スポーツカーに乗ろう。それが子供たちの憧れになるように。私たちに夢を与えてくれた、目標を与えてくれた当時の大人たちのように。

2004/03/13

Zも今が買い時か。


今回の購入に際し、迷わずローンを選択した。歴史的な低金利時代、借りて損は無い。MR-Sの売却金120万を頭金に上乗せとも考えたが、それすらやめた。
そして私が取った行動、そのお金で株を買った。楽天、ソフトバンク、そして日産自動車。
どうやら正解であったようで、今年のローン分は既に稼げた。
今後の5年、10年を考えた場合、株式のパフォーマンスはかなりのものになると思われる。 数年後に発表されるであろうZ34。恐らくは例に漏れず300psをオーバーし、価格も残念ながら最低350万を超えるだろう。
今買わずしていつ買うというのか。

※株式投資は100%自己責任です。これはあくまで私個人の責任の元における考えです。

2004/03/12

明るい兆し。


2003年5月、日経平均は反騰に転じた。ようやく本来の“あるべき姿”に戻る、明るい兆しが見えて来た。
日産のリバイバルプランも順調に進み、Z33発表、株価も400円割れから4桁に。本格的な日産の復活は、これから始まるはず。再生からまだ数年、究極の車を意味する“Z”が永遠にあり続ける為に、こころから願う。
ゴーン氏にはやはり感謝すべきかもしれない。

2004/03/11

失われた14年を思う。


冬草や、兵どもが夢の跡。プラザ合意に始まり、BIS規制、極めつけは土地融資に対する総量規制という失政。バブルははじけた。バブルに踊り、ビルを買い漁った不動産会社は消えた。経済は下降をたどり、山一は見せしめに、いくつもの有名な会社が臨終した。もしや日産も終わるかと思われた。

ユニクロが流行り、物価はたしかに安くなった。でも、本当にこれでいいのか、疑問に思う。夢も希望も無い人生、悲しいかな自殺者は急増し、5年連続で3万人。ちっぽけな島国でありながら、今でも世界第2位のGDPを誇る日本がこのありさま。
このままでは絶対終わらない、そう信じて止まない。

2004/03/10

果敢なき夢。


1989年、今からわずか14年前の出来事である。Ferrari F40が2億をかるく超えた。Porsche 959も1億では買えなかった。マンションは転売で儲かりオクションなる言葉が生まれ、300万のヒロ・ヤマガタのリトグラフをOLがコレクションした。街にはさりげなく40万のGiorgio Armaniを着たサラリーマンが溢れ、マハラジャでは狂ったように踊るお立ち台を眺めていた。だれもが“このままどこまでも続く”そして“日経平均は5万円を目指す”と信じた・・・

時同じくしてZ32誕生、諸経費込みで500万也。ショーウインドーに飾られたイエローパールのZ32。衝動買いが当たり前の時代、私には“買わない勇気”は無かった・・・

2004/03/05

目立つ事、それが最大の防御。


デミオに乗り、プレマシーに乗り、実感した事がある。前を行く自転車、彼や彼女は、私の車が背後に迫るまで気づかない。小さな交差点、子供達が平気で飛び出して来る。
Mini、MR-Sと当然のようにマフラーを替え、10m手前から避けてくれた自転車、果たしてどちらが安全なのか。スピードオーバーでも無音のプリウス、本当に安全なのか?疑問視してしてしまう瞬間である。

ヘッドライトに浮かぶ派手なボディーカラー、少し五月蝿い排気音、これこそもらい事故に対する最大の防御であり、最も安全な手段であると自分自身に言い聞かせる今日この頃である。

2004/03/04

こだわるなら。


US仕様にはちんけなサイドウインカーは存在しない。日本でも、道路運送車両の保安基準第四十一条の二  「自動車の両側面には、補助方向指示器を一個ずつ備えることができる。」とあるように必需品ではないはず。BMW Z4のように、同じ付けるなら、これくらいは装着して欲しかった。

板金で埋めるのか、エンブレムを貼って隠すか、悩んでしまうではないか。

2004/03/03

これも一つのブランド志向なのか。


本当はロッキードの方がいいのかもしれない。でもbrembo、こちらの方がいいように思う。世の女性がHERMESを欲しがるのと同じように、bremboに憧れる。
Fairladyというブランドも、スポーツカーに興味が無いマジョリティーには理解出来ないのかもしれない。私にとって、ROLEX、BVLGARI、ARMANI、それらをしのぐブランド、それがFairladyであるのに。

“男として生まれて良かった”心からそう思う。

2004/03/02

振り回すには数年かかるか。


初めて乗る3.5L、トルクの太さに驚いた。街乗りでは5速すら不要かもしれない。最近のエンジンは、昔と比べ格段に精度も良くなり、慣らしは不要との声も聞こえるが、これも儀式の一つ、レブリミットをひとまず3,500に設定する。

車幅1,815、やはり城下町には辛いものがある。ここは日本、やたらと道幅が広いだけの北米とは違い、すれ違うだけでも気を使う路地が多い。来週あたり、七曲りでも流してみよう。出来れば対向車のいない時間を選んで。

2004/03/01

あるべき所に。


2004年2月26日、ついにZが帰ってきた。光陰矢の如し、パールイエローのZ32を離れてから早10年である。Z432の血を受け継ぐオレンジのボディーカラー。感無量でとにかくドライバーズシートに座った。Z32には無かったセンターの3連メーター、視認性はともかく、やはり“あるべきところにある”のはいいものだ。チーフデザイナー青木護氏の思い入れ、これも“Z-ness”の象徴、妙に懐かしさすら感じさせてくれる。

全体の質感は多少チープとはいえ、外車かぶれの評論家の酷評はなんなのか、私には十分すぎるもの。これだけの車を300万円で世に送り出した日産に、最大限の賛辞を贈りたい。
一言ゴーン氏に言わせてもらえるなら、オートエアコン/電動ハッチバック/ドラコンを省き、2Lのターボでもいい。日本のスポーツカー市場活性化の為に、250万でのエントリーモデルを出して欲しいくらいである。